小野﨑純  
今、思うこと


2011/2          年齢

もともと年齢を気にするほうではありませんでした。
多少 年より若く見えても老けて見えても 中身は皆同じようなものだろうと・・・
仕事で旅行が多く 自分から進んで旅に行きたいほうではありませんでしたが
それでもヨーロッパが好きで遊びに行くと ベルリンの頃の同級生が何処にでもいて
いろいろと便宜を図ってくれたり 仕事の上でも助けてくれたり
いつも楽しかったり 有難かったりしていました。
それがその同級生たちも65歳定年になり 何処に行っても誰もいなくなり
簡単な頼み事すら出来なくなって「あー これが年をとると仕事が出来なくなる
ひとつの原因なのかなー・・」と思ったりしました。
その上 仲間が病気になったり亡くなったりすると いやでも年を実感せざる得なくなりました。
 
昨日はバレンタインデー
きっと若い人たちには華やいだ一日だったのでしょうが
「何処に行っても年寄りが多いなー」と思って電車に乗っていると
わりとヨレヨレのジイサンに席を譲られたのかと一瞬思ったら
他のジイサンがすまして座ったのでヤレヤレ・・・
「少し 気をつけなきゃー 」という感じ

2010/11       有言不実行

不安ながらも覚悟をきめて、冬を軽井沢で過ごしてみようと思っていました。
スタッドレスタイヤを予約してみたり、ホームオイルタンクを取り付けてファンヒータを据えてみたり、電気カーペットを敷きつめてみたりと着々と準備を進めているつもりでした。

万全を期すために、通年住んでいる方にアドバイスをお願いしたところ、
先ずは防寒ブーツ、ソレルというブランドでこれさえ履いていれば半ズボンでも大丈夫という凄いのを教えてくれました。
隙間の目張りはアタリマエ、一枚ガラスには断熱シートを、風の来るところにはカーテンを吊っての寒さ対策。
サーキュレーターもボルナドが良く、より効率的な使用方法まで教えてくれました。
でも、最初は油断して洗濯機が凍って壊れてしまったこともあったとか、。。。

ただただ感心して、これは相当本気で取り組まねば大変だと思っているうちに「塩カリ」の購入とか保存の仕方、凍らないワイパー液や解霜スプレーまで話が及ぶと、もう完全に腰が引けてきて質問の言葉もとぎれがち。。。
トドメは別の友人ですが「僕ベンツでやっちゃいました。ええ、廃車になりました!!」

そんな訳で、あっけなくこの冬は東京に住むことにしました。
いろいろ親切に教えて下さった方、本当に申し訳ありません。

とはいえ、東京の冬も6年ぶりです。
ハワイもチェンマイもTシャツで過ごしていたので、冬服の用意も大変です。


2010/10        軽井沢での越冬

秋の紅葉の季節がくると、落ち着かない。
ここ数年の軽井沢暮らしの為、寒い冬の前にはここを出て暖かいところへ行かなくては・・・との焦りでしょうか。
葉が綺麗に色づくと、ああ、あれが落ちる頃には・・・とかいろいろ考えてしまう。
ハワイはモチロンいいし、チェンマイには牧歌的良さもある。
今年はここ毎年行っていたチェンマイも政情不安とか。
現地の知人に電話をすると「何でもないよ。こんな平和なところないよー」という返事。
もしかしたら「危ないから、来ないほうがいいよ」という言葉を心のどこかで期待していたのかも・・。
旅行といっても3ヶ月以上家をあけるとなると、大使館でビザを取ることから始まって、国際免許の取得、諸々の準備、いない間の経費の手当、その他、結構なエネルギーがいる。
その負担が、だんだん重く感じるようになっていたように思う。

軽井沢は冬が一番いいという人もいる。

今年は、これまた思い切って、ここ軽井沢で越冬してみようか。
寒いんだろうな、大変だろう・・
そう言えば、冬服だって、ここ4~5年買ってないからなー
暖房もきちんとしなければ・・・そうとなると余りのんびりもしていられない。
紅葉を見ながらあれこれ考えているうちに、だんだん覚悟もできてきた。

そうだ、軽井沢の冬を楽しんでみよう。




2010/6           
軽井沢をメインに過ごすようになってもう暫く経ちます。
軽井沢はそれまでも毎年訪れていましたが、忙しい演奏旅行の合間、軽井沢の美しい紅葉も
落ち着いて見たこともありませんでした。軽井沢の紅葉がこんなに美しかったのかと感動しました。

久しぶりにあう知人からは、人が変わったようだと言われることがあります。
なにを大げさな! 自分では変わったつもりはありません。
それでも、軽井沢の豊かな自然、緑に囲まれた生活は人を優しくするのかも知れません。

ただ、私は寒いのは苦手で、冬の寒い間は暖かい南の方へ避難している場合もあります。